チェロの力学

第4章 ウルフトーンの発生メカニズムと対策は?

★チェロ構造とウルフトーンの発生メカニズム

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今までの復習も兼ねて、チェロの構造と力関係・振動のメカニズムを整理して見たいと思います。


図16
■駒は、全部の弦張力 約50Kgの約1/2の 24Kgの静荷重(左図の2F)で、表板を押している。 こちらで計算しました。

■チェロの弦を振動させた時、表板に加わる加振力は、例えばC線が5mm振動した場合、約0.17Kg。 こちらで計算しました。

■加振力の方向は、表板に垂直方向に加わる。

■表板は、魂柱によって裏板に連結されている。

■裏板の特定の部分に、特に振動を起こし易い部分があり、その部分の固有振動数は、F#音(180Hz)付近である。 こちらで測定 

以上の状況をもとに、チェロ構造を単純な2自由度振動系(Dynamic Damper:ダイナミックダンパー と同じ)と考え、下図17のようにモデル化しました。

図17

 ウルフトーンの発生メカニズムは、

表板が  の力で強制的に加振されても、その時の振動数(演奏している音程)が裏板の特に振動し易い部分の固有な振動数に合ってしまう場合は (この場合は、180Hz付近のF#音)、裏板の振動による反力が表板の振動を打ち消すように作用してしまい、(すなわち、ダイナミックダンパーがかかってしまう) かすれた音になってしまう。

これが、ウルフトーン と考えられます。

それでは、どれ位表板の振動が打ち消されてしまうのか、試しに、大変な近似計算ですが、計算して見ます。

図18

この式は、Dynamic Damper (ダイナミックダンパー)のところで誘導した、式(38)や (23)’と同じ物で、全てを振動数で計算するように整理したものです。 あくまでも仮定が沢山入っていますので、実際はこんなに単純では有りませんし、求められる値も下記のようには大きくは無いと考えられます。 ただし、ウルフトーンの現象を考えるために単純化したものです。

単純化した条件は、次のようなものです。

★表板と裏板の質量は等しい (通常は、裏板の方が若干重いはずです)
★裏板も表板も、振動の減衰は無い (良く鳴る楽器は、こう有りたいものです)

計算で求められる値の、 Xo/dst と言う値は、

弦が振動した時、表板に加わる加振力の大きさが、静的に加えられた場合(その力で振動させないで押した場合)に表板が変位する量 dst に対して、w の周波数で弦を振動させ演奏した時に、実際に表板の振動している変位量(振幅) Xo の比を示したものです。

ここで、実際の数値を入れて計算して見ます。

計算に使う数値は、前にチェロを叩いて調べた時に聞こえた、下記の音程の周波数を使います。

  裏板 表板
  A部 A部 A部 左A部
ドイツ製   1986年製 F# F# A A F# F# A? A?
  q の部分         p の部分

この場合、

p の部分の固有振動数は表板のC部、の A音(220Hz)を使います。 従って、P=220 を、上の図18の式に代入します。

q の部分の固有振動数は裏板のA部A部、の F#音(184Hz)を使います。 従って、q=184 を、上の図18の式に代入します。

上の値を、図18の式に代入し、その結果を、D線の開放弦 D音を演奏した時の表板の振幅 (チェロから出ている音の強さと考えて良いと思います) を基準に、デシベル値で表して見ました。 その結果が、下図19 です。 

ウルフトーン とは、何か、ブラックホール のような感じもします。

図19

図19の、横軸は演奏周波数  、縦軸は表板の振動が打ち消されて、どの位減少してしまうか を、デシベル値で表したものです。

演奏周波数  が、q の部分の固有振動数の F#音(184Hz)になった時は、計算結果は、 マイナス無限大 と計算されてしまい、全く鳴らないと言うことになってしまいますが、この図では、便宜上 −80dB として、図に示しました。

図19 の様子を、もう少し説明いたします。

チェロの弦が弾かれて、駒を経由して表板に  の振動数の振動が伝わりますと、表板を振動させると同時に、その振動は魂柱を通して裏板にも伝わり、裏板全体を振動させます。 しかし、裏板には、q の部分の部分、すなわち、固有振動数 F#音(184Hz)付近の振動し易い部分が存在していますので、 仮に、表板の振動数がその固有振動数より多少離れていたとしても、裏板のその部分は、F#音(184Hz)付近の振動をはじめてしまいます。

裏板で始まった振動は、位相(振動が、その瞬間どちらの向きに向かっているか、という方向)が、表板の位相と逆向きになっていますので、裏板の振動の反力が、今度は魂柱を介して表板に伝達されます。

表板にとっては、弦の振動が、駒を伝わって強制振動されているにもかかわらず、今度は裏板から、逆向きの力を同時に受けてしまうので、本来の鳴り方が打ち消されてしまう結果となってしまうのです。

この時の音が、ウルフトーン です。 唸りのように聞こえる場合が有りますが、それは結果であって、元の原因は唸りでは有りません。

表板の振動数が、徐々に裏板の、q の部分、すなわち、固有振動数 F#音(184Hz)付近の振動し易い部分の振動数に近づくにつれて、裏板の振動もどんどん大きくなり、その結果、表板の振動を打ち消そう とする力もおおきくなってゆきます。 上の、図19において、 の振動数が、F#に近付くにつれて、表板の振動の振幅(図の縦軸)が急激に落ち込んで行くのは、そのためです。 このような時は、裏板の、q の部分の部分は、非常に大きく振動していることになります。

試しに、実際にチェロを弾いてこの現象を実感して見てください。 この実験は、手が3本あると楽に出来るのですが、一人では手が2本しか有りませんので、足も使って試して見て下さい。

まず、D線の開放弦  を弾きます。 この時、空いている手か、足で、チェロの裏板に触れて、その時の振動の様子を掴んで下さい。 次に、 か F#(ウルフトーンが出る音程)を弾いて、(もうこの時は、手は空いていませんので)しょうがないので、足で裏板に触れてみて下さい。 多分、さっきの を弾いた時より、裏板は激しく、強く振動していると思います。

よく鳴る、レスポンスの良い楽器は、この裏板の振動が大きく発生するために、余計に ウルフトーン が出やすいということになります。

また、D線 の開放弦から、A 位までの音は、何がしか、裏板からの影響を受け鳴り方が良く無いと言うことが、ある程度分かりました。 従って、D線 が良く鳴る楽器・・・これは希少価値の有る、良い楽器 と言えると思います。

さて、貴方のチェロは如何でしょうか。

すなわち、模式的では有りますが、

裏板が良く響き、よく鳴る楽器ですと、ある特定の音を演奏した時に、こんなに 

表板の振動が打ち消されてしまう と言うことが、大雑把な試算からも分かりました。

 ここで言う、表板の振動とは、駒の振動、あるいは、弦の振動と置き換えて考えても良いと思います。 すなわち、ウルフトーン の出る音を演奏する時は、弓まではじかれてしまうような感覚があります。 これは、裏板からの、位相が逆向きの反発力によるのためと考えられます。

大変飛躍した仮説から、チェロを叩いた時に聞き取れる音程(チェロの固有の振動数)と、ウルフトーンの発生メカニズムを考えて来ましたが、

次回は、どうしたら、 ウルフトーン を抑えることが出来るか(少しでも減らせるか)を、考えて見ます。


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Updated:2008/5/23

First Updated:2000/7/13