弓の力学 (5)

   第2章 弓の強さ・柔らかさを考える

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 いよいよ、本論の一つに入ります 

弓先は大きく動く 中央付近でスティックが毛に近づいてしまう 親指の位置を中心に回転運動する

弓の強さは十分ですか・・・

それは、弓の性能に大きく影響しています。

 

あなたの弓の 強さ・柔らかさ・・・果たしてどれくらいでしょうか。

 

弓に圧力 (荷重) を掛けると・・・

実際の演奏時には、ppp のような小さな音の場合でも、弓には何がしかの圧力(荷重)を掛けておく必要があります。

 

ましてや、fff の場合などでは、相当の圧力をかける必要があります。 チェロ弾きの方の右手の人差し指の真中と親指の先には「硬い豆」が出来ていると思います。 それ程、チェロ弓というのは、力を掛けて演奏する必要があるものです。 チェロの演奏は体力勝負です。

 

ですから、チェロ弓はその力に耐えられる・・・と言うより、その力を 有効に弦に伝えることが出来る能力 を持っている必要があります。

 

この章では、チェロ弓に圧力(荷重)を掛けた時、弓がどのように変形し、姿勢が変わるか・・・、それが、前章で考えてきた毛の張力(スティックの強さ)とどのように関係しているか・・・などを検討して行きます。

 

初めに、弓に圧力(荷重)を掛けた時、弦にどのような力が伝わるか・・・、逆に考えると、弦に圧力を掛けるには、弓にどのような力を掛ける必要があるか・・・を考えます。 その状態を、 図 10 弓に圧力(荷重)を掛けた状態 その(1)に示します。

図10 弓に圧力(荷重)を掛けた状態 その(1)

上の図で、Ph は、弓の毛が弦を押している力(圧力)と考えてください。 

 

    Phl (1-x) = Pl2    と言う関係がありますが、要は、加えた荷重 P と弦に働く力(圧力)Ph は、 てこの比 (レバー比)  の関係にあると言うことです。

すなわち、弓の毛が弦を押す力(圧力)が小さい場合は、人差し指が加える荷重 P も小さくて良い・・・

 

ここで、 と言う数値を使っていますが、これは、弓の先からの位置を表す数値で、下の表のような位置であることを示します。

x 0.25 0.5 0.75
毛が弦に当たっている位置 先から 1/4 の位置 弓中央 先から 3/4 の位置

    Phl (1-x) = Pl2   と言う関係ら、当然 弓の毛が弦を押す力(圧力)Ph を同じ (同じ圧力で弾く)  とするときは、 の値が小さい弓先の方が、人差し指が加える荷重 P は大きく必要であることが分かります。 当り前のことでした。

 

 この 「弓の力学」では、荷重 P を人差し指が加える位置を l2 として検討し、通常の大人の手の大きさから l2 = 4.5 cm  として計算を行いました。

 

上の図で、もうひとつ重要なことは、弓の毛を弦に当てて、弓に圧力を掛けると、弓の姿勢が大きく変わる・・・ということです。 これは、毛が曲がって、弓先が大きく動く・・・ものと、掛った荷重でスティックが僅かに撓んで変形する・・・と言うものの両方があります。

 

何れにしても、右手は、加えた力 P と、弓の姿勢の変化 θ を感知しながら、 弓を絶妙にコントロールして演奏  しているものと考えられます。

それが、演奏テクニック・・・というものでしょう。

 

力学的に考えると、加えた力 P で、弓の姿勢 θ が変化する・・・と言うものは、 バネの作用  ですので、

今後、このようなパラメーターを ***バネ定数  などと表現してゆきます。

 

それでは、いよいよ 図 11 弓に圧力(荷重)を掛けた状態 その(2) で、弓の毛を弦に当てて、弓に圧力を掛けた時の、弓の姿勢の変化について見てゆきましょう。 少し細かなパラメータの設定になっていますが、そんなに難しい話ではありません。

図11 弓に圧力(荷重)を掛けた状態 その(2)

(A) は、上で述べた  Phl (1-x) = Pl2  加えた荷重 P と弦に働く力(圧力)Ph が、 てこの比 (レバー比)  の関係にあると言うものです。

 

(B) は、こちらの 図4 スティックの撓みの計算式 その2  で述べた、弓に加えた荷重 P で スティック中央がどれ位撓むか(変形するか)の計算式です。

 

(C) は、弓に加えた荷重 P で スティック先端がどれだけ動くか・・・先端変位 d を計算するものです。

 

(D) は、弓に加えた荷重 P と スティック先端が動いた・・・先端変位 d の関係を、比例的に扱うために 先端バネ定数 Kt というパラメータを導入したものです。  すなわち、荷重点(人差し指の位置)に加えた荷重 P が大きければ、先端変位 d は比例的に大きくなる・・・というもので、その比例係数を 先端バネ定数 Kt と定義しました。 ここで、一つの留意点は、先端バネ定数 Kt は弦に毛が当たる位置、 の値により変わる・・・ということです。 当然、の値が大きい弓元を当てたとき、先端変位 d が大きいことは分かります。 逆に、弓先を当てた時は、先端は殆ど動きません。

 

(E) は、弓の毛とスティックの間隔などを導き出すためのパラメーターで、三角形の比例計算などでわかる数値です。

 

(F) は、弓に加えた荷重 P で スティックの中央部の毛とスティックの間隔を計算するもので、この値が極端に小さくなってしまう弓は弾きにくい・・・と考えられます。

 

(H) は、荷重 P を掛ける前と後で、スティック中央がどれだけ変位するか・・・それを、スティック中央変位 ds として計算しています。 すなわち、弓を持っている右手は、この値を感知して 弓が堅い・・・柔らかい・・・ などを識別しているものと思われます。 この値も、弦に毛が当たる位置、 の値により変わります。 この、スティック中央変位 ds と言う数値は、スティックの撓みだけでなく、荷重 P で弓の先端が動く先端変位 d の値も含んでいます。 たとえば、毛の張力が弱い弓で、先端変位 d の大きい場合は、スティック中央変位 ds が大きい・・・と感知するはずです。

 

(I) は、弓に加えた荷重 P と スティック中央変位 ds との関係を、比例的に扱うために 中央バネ定数 Km というパラメータを導入したものです。  すなわち、荷重点(人差し指の位置)に加えた荷重 P が大きければ、スティック中央変位 ds は比例的に大きくなる・・・というもので、その比例係数を 中央バネ定数 Km と定義しました。  当然、この値も、弦に毛が当たる位置、 の値により変わります。

 

以上が、弓の毛を弦に当てて、弓に圧力を掛けた時の、弓の姿勢の変化を求める計算式です。


弓の姿勢の変化を計算してみる・・・

表4 スティック係数 から、弓の姿勢の計算結果 は、前章で求められた スティック係数 を基にして、上の計算式で弓の姿勢の変化を計算したものです。

 

Excel から直接貼り付けましたので、データが大きく、表示に時間がかかることをご承知ください。 また、もしかすると表示がおかしいところがあるかもしれませんが、そのような場合は、ご連絡ください。 なお、この表には、別な章で検討するデータも含まれています。 小さな画面サイズのPCではご覧になり難い点は、お許しください。

 

さて、前章の こちらの では、スティック係数 から 毛の 初張力 Th  を、それぞれの弓の張り、すなわち 弓の毛間隔 d2 の値で計算しましたが、 ここでは、弓の能力を比較するために、 すべての弓の毛間隔 d2 の値を、 限界d2  として  12 mm  まで張った状態で計算して比較しています。

 

加える荷重 P は、弦に働く力(圧力)Ph が どの位置でも  200 gr   となるとして、 毛荷重一定  の条件で計算してあります。

 毛荷重   200 gr   というのは、結構大きな音を出すときの圧力となります。

表4 スティック係数 から、弓の姿勢の計算結果 ・・・表データ
 

    この表を印刷する場合は、この表データページを開き、ブラウザーの<ファイル><印刷プレビュー>で、用紙1ページに収まる縮小率を指定すれば全体を縮小して印刷できます。( 例・・・A4横、縮小率 34% )

表4 スティック係数 から、弓の姿勢の計算結果 だけ眺めていても傾向はつかめませんので、幾つかのパラメーターを図にしてみましょう。

 

図12 スティック係数 α と 初張力

 評価 

スティック係数 が大きい弓は、初張力も大きい傾向にあります。 これは当然です。

Arcus Bow は、スティック係数 が大きいので、これ以上の張り過ぎには注意が必要です。

Gabriel G-30, Carbow なども、 限界d2    12 mm  まで張るのは、張り過ぎかもしれません。

しかし、中には、 限界d2    12 mm  まで張っても、毛の 初張力 Th  が  10 Kg  に満たない弓も何本かあります。 その様な弓は、弾きにくいと思われます。

 

(注) 図の中で、四角の点は角弓、丸い点は丸弓を示しています。 また、黒の塗りつぶしは、カーボンファイバー製の弓を示しています。

 
図13 一定の圧力 (200 gr) で弾いた時の スティック中央変位 ds
 評価 

一定の圧力 (200 gr) で弾く・・・ということは、全弓で同じ程度の強さの音を出す・・・と言うことです。

この時に、弓の中央部の変位が少ない・・・と言うことは、 スティックが強い弓 ・・・と感知されるはずです。

逆に、弓の中央部の変位が大きい弓は、右手のコントロールがし難くくなると考えられます。

この条件の場合、スティック中央変位 ds は、 3-3.5 mm  程度までの弓が適切な範囲ではないかと思います。 もちろん、圧力を弱めればスティック中央変位 ds は小さくなり、強めれば大きくなりますが、その変化は比例的なものです。

このグラフから四角の点でプロットされている角弓の方が、グラフの傾きが大きい・・・と思われます。
 すなわち、弓先で弾く時のスティック中央変位 
ds が丸弓より小さい・・・と言えます。

それは、弓先で弾く時は、スティック自身の撓みがスティック中央変位 ds として見えるために、角弓の方がスティック自身の撓みが少ない・・・といえます。

それはその通りかもしれません。 元々、角弓にするのは、材料の弱さを、スティックの断面を太くし強くするという意図が見られるからです。 

更に具体的にいえば、断面2次モーメント I は、同じ太さ程度の弓で比べてみると、角弓の方が大きく確保できます。 上の表のデータで比べてみてください。


図14 
一定の圧力 (200 gr) で弾いた時の スティック中央バネ定数 Km

 評価 

このグラフからは、直観的なイメージは湧きませんが、
中央バネ定数
Km は、弓に加えた荷重 P と スティック中央変位 ds との関係を、比例的に扱うため導入したパラメータです。

  P = Kmds

すなわち、中央バネ定数 Km の大きい弓は、右手の人差し指で加える荷重 P が大きくても、スティック中央変位 ds が小さい・・・ということです。

このグラフから分かることは、弓元から中央付近までは中央バネ定数 Km の値にはそれほどの差はないのに、先に行くほど弓によって大きな差がある・・・ということです。

弓の差・・・というのは、半分から先でその 性能差 が決まるのかも知れません。


スティックの 堅さ と しなやかさ について考える・・・

 以上、毛の 初張力 Th  や、スティックの強さ から、弓の違いを見てきました が、ここで、弓の堅さしなやかさという、感覚的な違いを見てみましょう。

 

 ここでは、スティック中央変位 ds と言う数値から、弓の堅さしなやかさを考えてみます。

 

 弓に圧力を掛けたときに、右手は何らかの動きを感じ取ります。 それは、加えた圧力に対して、スティックがどれ位動いたか・・・というものです。その動きが大きければ、柔らかい弓・・・と感じるでしょう。 逆に、その動きが 小さければ、堅い弓・・・と感じるでしよう。

 

 その評価 図14 −(2) スティック中央変位 ds と、スティックの堅さしなやかさで考えます。

 

 上の 図11 弓に圧力(荷重)を掛けた状態 その(2) で誘導したように、スティック中央変位 ds は ds = dp + d/2 の関係にあります。

上での検討は、弦に働く力(圧力)Ph が どの位置でも 200gr となるとして、 毛荷重一定  の条件で計算しましたが、このような条件の場合、スティック中央変位 ds は、毛が弦に当たっている位置 x の値に対して、直線的に変化することが、下記の誘導から分かります。

 

 この結果を図にしたものが、上の 図13 一定の圧力 (200 gr) で弾いた時の スティック中央変位 ds です。 この図13 を見ると、
x の値が、ゼロ(弓の先端)でも、弓によってスティック中央変位 ds は大きく違っていますし、また、直線的に変化する傾き にも大きな違いが見られます。

 

 x の値が、ゼロ の スティック中央変位 ds は スティックの堅さ を表し、 直線的に変化する傾き が、スティックのしなやかさ を表すと考えました。

 

 下の図の、右下の<事例紹介>を見てください。

図14−(2) スティック中央変位 ds と、スティックの堅さしなやかさ

 <事例紹介>にある絵は、図13 一定の圧力 (200 gr) で弾いた時の スティック中央変位 ds を縮小したものです。

 

@ 図の一番下にある 2本は カーボンファイバー製の弓の Arcus Bow  です。 この弓の 推定 E 縦弾性係数 は、10,000 を超える値で、スティックはとても堅い弓です。 したがって、弓の先端が弦に当たっている状態・・・すなわち、 x = 0 の時のスティック中央変位 ds  は、1.1-1.2 mm と、他の弓に比べ大変小さな値です。 従って、弓元から弓先弾いて行く時に、先に行くにつれてスティックのしなりが無くなる…と感じられるはずです。 すなわち、 スティックのしなやかさに欠ける ・・・ということになります。

 

B の事例は、推定 E 縦弾性係数 は、1,950 と、この 13本のチェロ弓の中では最も小さな値に属します。 この弓は 角弓 で、断面2次モーメント I の値は、やや大きく作られていますが、それでも、材料の曲げ剛性 を示す EI 積の値がさほど大きく確保できていないために、
x = 0 の時のスティック中央変位 ds 2.3 mm と大きな値になっています。 また、直線的に変化する傾き も比較的大きく、弓元に行った時には、スティック中央変位 ds  が非常に大きくなってしまい、圧力が逃げてしまうような感じになります。 
すなわち、
で、頼りない ・・・ということになります。

 

A の事例は、30万円超の J.P.Gabriel G-30 の例ですが、推定 E 縦弾性係数 は、3,000 を超える値で、ウッドボウの中では最高の値の材料で作られた弓です。 この弓の場合は、x = 0 の時のスティック中央変位 ds  1.7 mm と程よい値であり、また、直線的に変化する傾き も寝ているために、弓元から弓先弾いて行くっても、弓のしなりが極端に変わらず、したがって、弓の全域でしなりを感じられる弓です。

この様な弓が、 よい堅さと しなやかさを持つ弓 ・・・ということになります。

 

ここで、もう一度、角弓 と 丸弓 の違いを見てみましょう。

図13 からも明らかなように(AC-30 は例外とする)、角弓 のほうが、直線的に変化する傾き が大きいことがわかります。 角弓 は弓元から弓先弾いて行くにつれて、スティック中央変位 ds が小さくなる・・・即ち、弓先に行くと、 しなやかさがなくなる ・・・ということになります。

なぜなのでしょうか。

 それは、こちらで説明した毛の 初張力 Th  を与えるメカニズムの違いにあります。 角弓 の場合、毛を張らない状態の毛間隔 d1 が大きく作られ、したがって、毛を張る時のスティック中央の撓み dt が小さいのが普通です。 Arcus Bow  がその典型的な例です。

 

図14−(2) に、ds = ( B - 2A ) x + 2A という式がありますが、 直線的に変化する傾き というのは、( B - 2A ) に当たります。 この値が大きいと、直線的に変化する傾き が大きい・・・ということになります。 詳しくは、こちら。

ここで、
ds = ( B - 2A ) x + 2A という式を、一般的な1次方程式である、ds = a x + b という式に置き換えて、直線の傾き a と、x = 0 のときの値を示す 定数項 b を 13本のチェロ弓について計算してみました。 その値を、下表に示します。

一定の圧力 (200 gr) で弾いた時の スティック中央変位 ds 計算式の係数と定数 単位:mm

Cello Bow

形状

直線の傾き a 定数項 b A B EI 積 (×1,000,000) <事例紹介>
Sandner 1.4 2.0 1.0 3.4 0.92  
Arcus Veloce (注) 1.9 1.1 0.5 3.0 1.77 @
J.P.Gabriel G-30 1.2 1.7 0.9 2.9 1.04 A
J.P.Gabriel G-18 1.4 2.2 1.1 3.6 0.84  
AC-30 (注) 4.2 2.5 1.2 6.7 0.72  
CB-150 1.7 2.7 1.4 4.4 0.67  
CB-200 2.1 1.7 0.8 3.8 1.12  
CB-380 1.4 2.3 1.1 3.7 0.79  
CB-500 1.8 2.3 1.2 4.2 0.78 B
RC-16 1.8 1.8 0.9 3.5 1.04  
Carbow 1.1 2.1 1.0 3.1 0.89  
Carbondix 1.4 2.1 1.0 3.5 0.88  
Arcus Sonata 2.1 1.2 0.6 3.3 1.61 @

 

この表の数値からも明らかに、角弓 のほうが、直線の傾き a が大きいことがわかります。

 (注)ただし、Arcus Veloce は、推定 E 縦弾性係数 が、10,000 を超える材料で、毛の 初張力 Th  を与えるメカニズムが角弓 に類似する。 AC-30 は、へなへな弓であるために、考え方から除外する。


以上、毛の 初張力 Th  や、スティックの強さ 弓の堅さしなやかさ など、弓の違いを見てきました。 このページでの検討は一先ずここで終わりにして、毛の 初張力 Th  や、スティックの強さ の影響で起こる 弓の振動・・・ 弓の震え  について次章で考えて見ることとします。


この続きは、続き( 6)をご覧下さい

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弓の力学 続き (6)


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Mineo Harada

Updated:2009/10/13

First Updated:2007/8/28